生存権をかけた反戦のリアルを 

生存権をかけた反戦のリアルを
         草原ニャンケ(ジグザグ会・会員)

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1,2020年アメリカ大統領選
アメリカ大統領選挙が終わった。11月7日夜、民主党ジョー・バイデン候補が地元のデラウェア州ウィルミントンで勝利宣言の演説をした。トランプは敗北を拒否し、徹底抗戦の構えであり、今後は法廷に闘争の場が移る。だが、次のアメリカ合衆国大統領がバイデンになることは確定した。

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 今のところトランプに勝ち目はない。各州で提訴した裁判は相次いで棄却されている。連邦最高裁判所過半数以上を保守派で占めてトランプは布石をうっていたが、すでに身内や共和党内からも見苦しい抵抗に批判の声があがっており、それでもトランプは「ニセの投票がはびこっている」とツイートし、郵便投票や選挙そのものの正当性をめぐって今後も争おうとしている。バイデンの新大統領就任は来年の1月20日になるが、それまでにトランプが何を仕掛けてくるかは、わからない。すでに11月9日、エスパー国防長官を解任した。レイFBI長官やハスペルCIA長官の解任もほのめかす。アメリカ全土でひろがったBLMデモ鎮圧に連邦軍出動を命令したトランプに従わなかったことが理由とされている。「大統領の権力移行期間は継続性と安定性が重要」と民主党のペロン下院議長が批判しているが、まさに珍妙な異例の人事である。ホワイトハウス明け渡しを拒み、バイデンへの政権移行を徹底的に妨害するトランプの悪あがきは終わらない。
 ジョー・バイデンは分断された国内の再統合と結束を呼びかけている。
彼は、共和党支持者に「落胆していることだろう。とげとげしい言葉づかいをやめて心を静めよう」と訴え、自らの支持者に対しても「相手を敵のようにあつかうのをやめなくてはならない。同じアメリカ人だ」と訴えた。これだけでも、権力者トップが自らを批判する人々を「こんな人たち」と壇上から感情的に罵倒したり、政権の違法な政策を批判した学者をパージしたりする国から見れば、やはりアメリカは民主主義の成熟度が違うな、と羨望のまなざしになるが、はたして1月20日までにアメリカの権力移行がスムーズに行われるかどうか、これまで見てきたとおり、その見通しはかなりきびしい。
さらに、バイデンは、アメリカ合衆国を世界から再び尊敬される国にすると誓約し、「アメリカ合衆国は世界の灯台だ。模範としての力によって(世界を)導いていく」と宣言した。結論から言うと、それは、アメリカ以外の世界にとっては地獄になる、という宣言でもある。これからその理由を述べたい。

 

2,先鋭化する感情的分極化(Affective polarization) 
 トランプ大統領の内政がアメリカの分断をつくりだしたという指摘をしばしば聞くが、実際はどうだったのか。ノーステキサス大学准教授の前田耕氏は「トランプ大統領になる以前からの問題。『分断』という言葉をよく使うが、民主党主義者と共和党主義者、 また民主党共和党がものすごく離れてきている。何年も昔だと『2大政党はたいして変わりないじゃないか』と言われていたが、それが嘘みたいだ」(ABEMA Primeより)とその傾向を認める。だが、トランプが「分断」をつくりだしたのではなく、むしろオバマ政権の時代に民主党内のリベラル側から「分断」は作られた。史上初の黒人大統領にもリベラルな政策にも我慢がならなかった伝統主義者や人種差別主義者、リバタリアンキリスト教原理主義者、ユダヤ系などの保守層の人々によって、トランプの政治が支持されたと言う。
前田氏はこの状態を『感情的分極化(Affective polarization)』と定義している。
11月11日の読売新聞で紹介されていたアメリカ大統領選前の世論調査で「支持する候補が落選した時に暴力は正当化されるか?」という設問に、Yes!と答えた回答者が両陣営とも約20パーセント前後もいたという。

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 アメリカ合衆国は移民の国家であり、封建制の歴史なき「例外国家」である。建国の理念から民主主義と平等主義をうたった人工的な国だ。アメリカ建国の理念は、その成立までの文脈にキリスト教の教義解釈やヨーロッパ宗教改革の歴史がからみ、また独立戦争でこの理念を旧世界から全人民武装で血を流してたたかいとった市民革命の伝統とひとつのセットになっているから、アメリカ人以外のわれわれには実際のところ理解に苦しむところもある。アメリカにおける国家の主権者は市民であり、自分たち自身だという共通の意識(そこに先住民や黒人を含めないという問題はあったが)に基づいて誰もが対等に意見を表明しあい、議論し、反対意見も尊重し、相手の権利も守るという「アメリカの価値観」があった。
 もちろん、過去には南北戦争もあったし、理想のとおりになどならなかった。アメリカの分断という歴史は、さまざまに形を変えながら、現実にはあったことだ。
 今回の大統領選において、両陣営の支援者がそれぞれに大勢で街頭にくりだし、警官隊をはさんで対峙した。「おまえはクビだ!」「票を盗むな!」と互いに相手を罵倒しあう光景があった。開票作業の妨害のために武器を準備して襲撃をくわだて、逮捕される者もあった。今、アメリカでおきている「感情的分極化」は、ある意味、南北戦争いらいともいわれるような歴史を画する深刻さだ。身内や家庭内、親族、友達などの親しい関係でも、それぞれの政治信条をお互いに知ってしまうことによって口もきかなくなり絶交してしまうということが社会問題となっている。反対意見に敬意をはらう文化など、今はありえない。
 それは共和党民主党のどちらにもあった中間的な人々(態度)が消失したことによる。
 そもそもトランプは共和党内では異端であった。それが選挙に強く、発信力もあるから、共和党の主流派になっていった。「反トランプ(ネバー・トランパー)」という言葉が生まれた。民主党支持者は言うまでもないが、共和党のなかにも「反トランプ」が発生した。彼らはトランプが大統領となることによって追放され、侮辱され、あるいは自ら政治そのものから退き、またある者はトランプに屈して寝返った。
 中間派が存在を許されなくなったのである。
「反トランプ(ネバー・トランパー)」は、人種差別主義者や福音教会、キリスト教原理主義者などの古い保守派(旧保守主義、伝統主義)と同化したトランプ政権を嫌う。
後で述べるが、このなかには「新保守主義者(ネオコン)」もいた。彼らはレーガン政権の80年代から共和党内のタカ派外交を主導するイデオローグとして強烈な影響力を持ってきた勢力だが、そのなかの一部は前回の大統領選があった4年前あたりからトランプを追い落とすため民主党に接近している。
 アメリカの2大政党のどちらも先鋭化したヘイトな感情だけが抽出されて残ってしまった。感情的分極化がアメリカ社会を覆った一因として、この「反トランプ」の存在もある。
 また、インターネットの発達によるマーケット調査で政治傾向がこれまでより細かく出せるようになったことや、選挙という市場で動く金がかつてなく巨大化したことにより2大政党のどちらもこの「感情的分極化」の波に便乗せざるを得なくなっている。
アメリカ社会の分断は、今後ますます激化して行く以外ない。
バイデンの演説がむなしく聞こえるほどに。

 

3、露悪的なトランプの政治は意外に堅実?
 トランプ政権は、国境に壁を建設したり、移民を厳しく取り締まったり、また白人至上主義を公言して黒人やヒスパニック、有色人種差別を煽動してきた。社会的弱者救済を完全否定し、医療保険制度の見直しをすすめた。これは貧困層に大きな打撃を与え、貧困層が多い黒人やヒスパニックはさらに追い詰められた。
 また、トランプは、TwitterなどのSNSを多用して自らの思想信条を発信させていたから、ファクトの無用な差別感情の拡散はすさまじい勢いで全米を覆っていった。
 そこにコロナ禍のバンデミックと、警察官による黒人虐殺事件の連続が、感情的分極化をさらに激化させていったのであった。
 トランプはコロナを「中国ウイルス」と呼んで中国への敵意を煽動しながら、現実の政策はバンデミックにたいする軽視、経済優先の政策をとった。そのせいでアメリカ国内だけで20万人以上の人々が犠牲となった。マスクを嫌っていたトランプのパフォーマンスの結果、ホワイトハウスクラスターが発生し、トランプ自身もコロナに感染した。
 たびかさなる警察官による黒人虐殺はインターネットの動画でも拡散され、全世界でBLM運動が燃え広がる。黒人の命も大切だ、というあたりまえの訴えはトランプの逆鱗にふれて、連邦軍によるデモの軍事制圧を命令しようとした。市民の武装が独立と自由の基礎とされるアメリカ社会において、連邦軍が市民に銃口をむけるという行為は、市民が武装して対抗する正義を発動させることにほかならない。内戦になることを意味する。トランプの脅迫は、連邦軍に拒否されて挫かれた。
 しかしトランプ支持者たちはデモにまぎれて暴力や略奪を行い、市民のデモを「テロリスト」の仕業に仕立て上げ、トランプ政権もそれに呼応してAnti Fa(反ファシズムの意味)をテロリスト団体と認定する。Anti Faなる団体や結社が存在しないことは言うまでもないことだ。それは政治理念であり、スローガンである。
 これが笑い話でなく、今年のトランプ政権の作り出したアメリカの現実だった。
 トランプ政権をアメリカの恥だと嘆く「反トランプ」の人たちの心情には胸が痛くなってしまう。
 
 しかし、トランプの露悪的ともいえる内政問題に目を奪われると見落としてしまうが、意外にも軍事外交政策を切り口にトランプ政権の政治をみると、これもまたあまりにアメリカ的ではない堅実な実績を残していた。
 ニューズウィーク日本版の渡瀬裕哉氏の記事によれば、「トランプ政権はほとんど戦争につながる行動をしていない」「トランプ政権は、対外介入にきわめて抑制的であることと同時に、紛争拡大を防ぐために最低限の武力行使を行うことは躊躇わない傾向がある」という。


 具体的にはジョージ・W・ブッシュがはじめた中東やアフガニスタンの「泥沼の戦争から現実に脱却する政治姿勢」(同上)をトランプ政権は強く持っていた。シリアからの兵力の撤退や、アフガニスタンではタリバンとの和平交渉を推進させた。中東への侵略戦争を一貫して主導してきたネオコン勢力とトランプは激しく対立し、マクマスター安全保障担当補佐官を更迭している。


 北朝鮮との関係でも、トランプは金正恩とトップ会談をおこない、実際に北朝鮮は核実験やICBM実験をやらなくなった。トランプはCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を主張しつづけているボルトンを政権から追放した。中国にも緊張を高めるようなタカ派的な言動をくりかえしているが、むしろこれは対中国強硬論がもりあがる連邦議会向けのヘイトスピーチであり、実際にはランドール・シュライバー国防次官補が辞任させられ、米中貿易交渉をまとめていたりする。


 一方で、トランプ政権は、日本を含む世界中の同盟国に軍事費負担の増額を要求しながら、アメリカも直近4年間で軍事費を増加させつづけ、NATO向けの予算をつけて対ロシアの軍事力再編や、実質的に機能不全になっていた海軍をたてなおしたりもしてきた。
 トランプ政権は、戦争につながる行動を抑制しながら、強大な軍事力を背景に敵対勢力とも柔軟に粘り強く交渉して、その障害となるネオコン勢力を排除してきた。前掲の渡瀬氏は言う。
「正しさはつねに平和とともにあるわけではない」
 アメリカという独善的な国にしては違和感のある政策でもあった。アメリカにとっての正義は世界の正義と信じて疑わず、世界の警察官を自認して、逆らう者には呵責なく制裁する国のトップが、敵のトップと交渉して妥協しているのだ。トランプは、それをやってきた希有で特異なアメリカ大統領でもあったということなのである。
 TPPから離脱したり、ユニセフやWHOを敵視したり、国際的な環境問題への取り組みには背を向けたり、トランプの一国主義的な「アメリカン・ファースト」という外交路線とも、これらの軍事外交政策は矛盾していない。また、ビジネスマンとして成功してきた彼の最も得意な実利優先の「経営戦略」を、アメリカ合衆国という超巨大国家の政策にも適用しただけだったのだともいえる。
 
4、貧困化する中間層と「反知性主義
 2020アメリカ大統領選挙の結果を見ると、バイデン支持派は、沿岸都市部の高学歴な市民、インテリ層、黒人やヒスパニックなどの有色人種、女性に多い傾向が見られた。トランプ支持派は、古き良きアメリカを求める内陸や南西部の白人農民層や、国際競争にさらされて失業と困窮にあえぐ白人労働者であり、男性という傾向であった。階級対立とか格差とかの座標軸は、ほとんど関係ないといえる。
 今でもトランプは「勝ったのは私だ」と言ってはばからない。
 得票ではバイデン圧勝とはとてもいえない僅差での辛勝である。
 たしかにアメリカの地図を赤と青に塗り分けたパネルを見ると、面積的には真っ赤にも見える。青は沿岸の上のほうにほんの少しというふうに見えてしまう。選挙人方式というアメリカ大統領選特有の選挙システムの問題はもちろんあるだろうが。
 はっきりといえることは、積極的なバイデン支持者や民主党支持者は少なく、ましてやアメリカのリベラル勢力とやらの力で勝ったわけでもないということだ。バイデンが「反トランプ」票の掘り起こしにうまくいったということ、言い換えれば「ネバー・トランパー」にバイデンは助けられてアメリカ大統領になったということだ。また、トランプ政権の4年間の内政が、あまりにひどすぎた反動だと概括することもできる。
 先ほども述べたが、この「反トランプ(ネバー・トランパー)」のなかにはネオコンとその支持基盤である軍産複合体ユダヤ人社会のロビーも含まれていると見られる。
4年前の前回大統領選のときには、トランプがヒラリー・クリントンを破って当選したわけだが、そのときの勝因にしぼって考えてみたい。
 当時、リーマンショックから立ち直ったアメリカ経済は好調だったが、ヨーロッパ諸国と比較しても経済格差が大きい国となり、経済的に繁栄から取り残された白人中間層と労働者には、強い不満があった。トランプは、当時、こうした貧困化する白人に向けた発信を強く行っている。不法移民のやつらがきみたち労働者の仕事を奪っているのだと。そうしたトランプの言動は差別的でありながら、ワシントンにたいするアンチともなり、零落し困窮する白人中間層と労働者層から熱烈な共感と支持を集めていった。
 一方のヒラリー・クリントンはもともとエール大学ロースクール(法学院)卒のエリート弁護士であり、大統領夫人であり、その後は上院議員国務長官と、ワシントンの華麗な経歴の持ち主であった。トランプは、ヒラリーに代表されるワシントンへの民衆の反感にうまく乗れたのだった。
 アメリカには15~16世紀の建国前から「反知性主義」の歴史的伝統がある。
 日本で「反知性主義」というと、学力の劣るさま、科学を否定する態度、思考方法の論理性が劣るさま、あるいは単純に嘘つきとか厚顔無恥といった意味での誤用が幅をきかせてしまった用語だ。これは安倍晋三前首相を形容するために作られた和製の造語といえる。
 本来の意味での「反知性主義」と、トランプ政権成立や現在のアメリカの感情的分極化の激化の問題との、連関性や連続性を見ていきたい。
 もう一度言うが、反知性主義は、安倍前首相や彼の支持者たちのアイコンではない。それは歴史と地域的特性に規定された概念だ。アメリカにおけるヨーロッパからの移民が作ったコミュニティーと、後から大西洋を渡ってきた新移民との対立と格差、それによって発生した権威主義形式主義、学歴主義にたいするアンチの運動を意味した。米国史上、反知性主義はきわめて知性的な運動であり、アメリカ社会の独自な文化の根源だといえる。反知性主義エートスは今のアメリカ(とくに白人)の価値観の核心部分ともなっている。
 それは、エスタブリッシュメント既得権益と政治権力を持つエリート層)に対して、アメリカ本来の平等主義という理念を回復させようとする大衆運動である。不満(反感)と敵意がベースの正義という反権威主義であり、奇抜で異形で強烈な対抗的知性を発信する「伝道師」=エンターテイナーがこれらの鬱屈した大衆を興奮させ、礼賛される社会現象であり、アメリカの歴史で何度も現れては消え、また現れた。
 大統領選におけるトランプの選挙戦とそれは重なるものではないだろうか。
 このコロナ禍のなかでも、トランプは、インターネット配信や少人数の集会、マスク着用を毛嫌いし、あくまで大衆を大結集させて派手な集会をひらいた。バイデンとは対照的だった。トランプはロック音楽とともにジェット機から降り立ち、まるで復活した予言者のようにふるまう。アメリカ人以外には道化としか見えないパフォーマンスに、USA! USA! と群衆が絶叫し、歓喜の声援で旗を振る。まるで悪い夢のような不快感を与えるこの意味不明なパフォーマンスこそ、世界中に認知されているアメリカらしいアメリカではないだろうか。実にトランプはこの手法で票を伸ばし、激戦に持ち込み、憎きネバー・トランパーたちを猛烈に追い上げたのだ。
 実際にトランプが大統領に就任してからやったことは富裕層優遇の減税、社会保障の削減などであり、しかもバンデミック対策の失敗でおびただしい命を見捨てるという政策だったが、そんな冷静な見識は彼らの心に届かない。かたや対極にいるアメリカの広範な市民を激しく失望させた。今回の選挙結果をみると、得票数だけはトランプが4年前の前回大統領選の時より約800万票も上積みしているのである。
 トランプが政治主張した内容は、左翼リベラル勢力にアメリカを乗っ取られてもいいのか、という悲鳴のような保守層への訴えと、移民や有色人種への怒りという白人中間層の差別感情に訴えることだけだった。それいがいは嘘とデマだけだ。さすがにこれだけで大統領選での「反トランプ」の思想と勢いに対抗しきれるわけもなく、あまりにも無内容で残念なありさまだった。だが、注目したいのは、ペンシルベニアウィスコンシン州などの『ラストベルト(さびついた工業地帯)』での白人男性労働者である。 

 CNNによる出口調査によると、大学卒業の学位を持たない白人男性の労働者のうち62パーセントがトランプに投票したという。4年前の前回よりわずかに下がっているがほぼ横ばいだ。根強い支持である。また、同じ調査で、大学の学位を持っている白人男性にかぎると、トランプへの支持は半分にも届いていない。
 からくもバイデンは勝てたが、このアメリ反知性主義の持つ力は、あなどれない。

 

5、民主党流入したネオコンとバイデン政権
 ともあれ、バイデン新大統領の軍事外交路線がどのような戦略となるのか、今のところはまだわからないことが多い。1月20日の大統領就任まで無事に済むわけもなく、緊張と混迷のナーバスな政権移行の困難が待ち受けているのだから、バイデン陣営もまだまだ前途多難で、今はそれどころじゃない。
 12日に菅義偉首相とバイデン「次期大統領」は電話会談を行い、「日米同盟の強化、インド太平洋の平和と安定に協力していくことを楽しみにしている」とバイデンが発言したと報じられた。対日防衛義務を定めた日米安保条約第5条について、尖閣諸島も適用対象となるとも表明した。(時事通信
 だがインターネットの情報によると、バイデンの側の記録には「尖閣」の言葉が見当たらないという。嘘と改ざんと隠ぺい? また?

 

 バイデンが選挙前に執筆したForeign Affairsの論文において、彼は、大統領就任1年目にやるべきこととして、(1)政府腐敗とのたたかい、(2)権威主義からの防衛、(3)自国および外国での人権の促進という3点をかかげている。もちろん今日的には現在進行形のコロナのバンデミック対策がいちばん優先度の高い政策となるだろう。
 注意するべきなのは3点目である。
 トランプ政権が発足してからの4年間でアメリカの軍事力は回復を遂げたことは前にも述べたとおりである。トランプが政権についた当初には戦争や紛争をおこすだけの力も外交も乏しかったアメリカだが、今はそれだけの力を持っている。バイデンはオバマの継承を自認しているが、そのオバマがかつて削減した軍事費を復活させたトランプが作り上げたこの軍事力を、バイデンは「外国」の「人権の促進」のために運用するとはっきりと言っているのだ。その対象となる国(地域)はどこになるのであろうか?

 アメリカ合衆国における新保守主義(Neoconservatism、ネオコン)とは、「政治イデオロギーのひとつで、自由主義や民主主義を重視して、アメリカの国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想」「1970年代以降にアメリカにおいて民主党リベラル派から独自の発展をした。それまで民主党支持者や党員だったが、以降に共和党支持に転向して共和党タカ派外交政策、姿勢に大きな影響を与えている」(ウィキペディア

 先鋭化する感情的分極化の波に隠れ、ネオコンは「ネバー・トランパー(反トランプ)」の一部ともなり、共和党から民主党に(再)転向を果たしていた。トランプ政権内で活動していたネオコン勢力も、ことごとくトランプ外交と対立して、結果的にしりぞけられた。
 ネオコンウィキペディアの解説にあるようにイデオロギー・思想の名前であって、政治団体として存在しているわけではない。ネオコンは、おもに共和党レーガン大統領のタカ派外交のブレーンとなって、ソ連を「悪の帝国」と名指しして核軍拡とスターウォーズ戦略で緊張を高め、世界中の民族解放闘争に軍事介入していった。それはブッシュ親子のイラク戦争、中東侵略、アフガニスタン戦争のイデオロギーとしても主導的役割を果たす。
 だが、ネオコン共和党にも民主党にもいる。トランプと前回大統領選でたたかったヒラリー・クリントンも、ネオコンのひとりなのである。
 そもそも1930年代までネオコンの歴史を遡れば、その元祖のひとり、マックス・シャハトマンは反スターリニズム左翼=トロツキストであることは有名な話だ。シャハトマンは、当時のソ連によるバルト3国侵略や独ソ不可侵条約締結などに反発してトロツキーと論争し、アメリカの社会主義労働者党=第4インターナショナルを分裂させ、民主党に合流しているが、そのころはまだ共産主義者の左翼であった。彼らは民主党内では少数派だったが、労働運動や政府高官にもメンバーを送り、ユダヤ人社会と結合し、第二次世界大戦を支持し、ベトナム戦争を支持して動いていた。ベトナム反戦運動カウンターカルチャーの反米的な内容に嫌悪して、やがて新保守主義に転向した。


 1964年のゴールドウォーター演説「自由を守るための急進主義は、いかなる意味においても悪徳ではない。正義を追求しようとする際の穏健主義は、いかなる意味においても美徳ではない」というフレーズにアメリカ保守派の特殊な思想が凝縮されている。


 こうしたアメリカ保守思想の過激な理想主義を、ネオコン純化させた。トロツキスト反スターリン主義=世界革命の思想とも親和性がある。ソ連の独裁権力者スターリンは、「ソ連一国防衛」路線であり、世界中の共産主義者の任務を「労働者の祖国=ソ連の防衛」と定めて世界革命よりもソ連の資本主義との協調協商を優先したが、スターリンのライバルとなって暗殺されたトロツキーは「世界革命」路線を守るべきという思想だった。つまり「革命の輸出」はスターリンではなくてトロツキーだったのである。

 アメリカの自由と民主主義という普遍的な正義と価値を世界中にあまねく共有されてしかるべきだという「アメリカの正義の輸出」はトロツキーと同じ文脈ではないか。徹底的な理想主義なのだ。
 アメリカの理想を全世界に「輸出」するためには、軍事侵略、紛争、陰謀、ジェノサイド、核戦争まで、目的(理想)実現のための手段ならばなんでも正義となる。世界はアメリカの理想を実現する場である。だから他国に押しかけて行って、アメリカの価値観を受け入れさせなくてはならない。拒否したり対抗したりする国家(地域、勢力)には圧倒的な軍事力でアメリカの理想を押しつけるべきだ、となる。たとえば、ネオコンにとって、中東の理想的な国家はイスラエルだけだというふうになる。独裁や王政、部族社会の多い周辺の遅れたアラブの方を変えていくべきだとなる。ネオコンアメリカ外交は内容的に共産主義である。にもかかわらず、「世界の警察官」なのだ。

 

 逆に、こうした思想からトランプの外交をみればどんなふうに見えるだろうか?
アメリカの正義や自由の価値に敵対する陣営のトップと粘り強く交渉して平和を守ろうとするなんて「いかなる意味においても美徳ではない」となる。
 共和党の中枢でイデオロギー的影響を行使してきた彼らネオコンは、トランプのタカ派的な軍事外交政策は、究極、国内経済保護・優遇という実利優先なため、これは共和党の変質として批判する以外ないということになるのだ。
 たしかに、ネオコンは、ブッシュ親子の時代にあっては国連安保理事会を無視し有志連合軍による侵略戦争にふみきった。モンロー主義を連想させるような国際秩序や国際世論の無視と一国主義的な行動様式、それは表面的にトランプと似ている。だが、バックボーンとなるイデオロギーが逆なのである。あくまで「アメリカの理想」を中東やアフガニスタンに「輸出」することが価値なのであって、石油利権や大量破壊兵器の有無などはその口実や大義名分、副産物にすぎない。ビン・ラディーンとフセインを殺すまで戦争をやる。妥協も手打ちもない。理想の実現と敵の殲滅、ただそれだけなのだ。
 仮定の話だが、トランプならどうするだろうか。フセインとも粘り強く交渉して、国連の査察などとは無関係に、アメリカだけに有利な利権をおみやげに持って帰ろうとしただろう。トランプは、コスト・パフォーマンスで軍事や外交の政治を行う。それは思想集団のネオコンにとって最も憎むべき「背教者」となるだろう。

 

 間違いなく、バイデン民主党政権は、このネオコンの影響を受けた軍事外交政策を打ち出してくると予測できる。
 実際に、北朝鮮や中国は、とんでもない脅威に対応しなくてはならなくなる。香港や台湾の問題、南シナ海の係争など、そうとう緊張が増すことになる。アメリカの価値観を共有すると公言している愚劣な貴族階級に支配されたこの極東の小島は、アメリカに脅迫されて追い詰められたアジアの国々にとっては、自らの生存を脅かす敵となるのだ。そのことを、われわれは覚悟しなくてはならない。

6、オフショア・コントロール戦略と日本
 2020年アメリカ大統領選挙は、なぜか日本国内でも「感情的分極化」を作り出した。
滑稽にも、アメリカの選挙権も持っていないわが「ふつうの日本人」たちは、トランプが勝たないと日本はバイデンによって中国に売り渡されることになるとか、見当違いもはなはだしい危機感にかられている。彼らはインターネットやSNSを駆使してアメリカの世論にもはたらきかけ、トランプの応援に必死だった。バイデンの民主党を、名前が似ているからといって日本の立憲民主党に重ね合わせ、トランプと安倍晋三を「盟友」と勝手に妄想して、他国の内政にまで干渉している親米派愛国者のやっていることは、あまりにも愚劣すぎて、お粗末なコントにも劣る。


 また日米防衛協力の交渉に当たってきた官僚は、トランプ政権からの軍事費負担増額には反対するが、そのひきかえに「思いやり予算」の枠で宇宙戦略やサイバー戦略への貢献をアメリカ側に提示しようとしている。ただし交渉相手は選挙結果にかかわらずトランプ政権の担当者を相手に行うという。(読売新聞)だが、少なくとも、バイデンとは交渉せずトランプ政権のときの担当者としか対話しない、などという態度をとれるわけがない。


 ふたを開けてみれば、バイデンのほうが中国や北朝鮮との戦争に積極的だったなんてことになったとき、アジア侵略戦争こそ「美しい国」の理想とするこの間抜けな輩は、全員でマッカーサー通りにならんでアメリカ大使館に涙ながらに土下座すればいい。
だいたい菅義偉首相がバイデン「次期大統領」と認めたのだから、この愚か者どもははしごを外されて泣きわめいて、やはり土下座だな。

 

 アメリカ大統領選の結果をうけて日本の野党はどう受け止めているのか。
 立憲民主党枝野幸男代表は「米ロ関係、米国と北朝鮮の関係がどうなるかなど全部変わる。その状況のなかで日本の国益を最大化するのが(日本の)政治の仕事だ」と語る。
 日本共産党志位和夫委員長は、「米国が一方的に離脱した気候変動対策のパリ協定や、脱退を表明している世界保健機関(WHO)を通じたバンデミック対策で、どのような政策を提示するのか注目したい」というコメントを発表した。(共同通信
 どちらも慎重に言葉を選んでいる。
 与党はお世辞と社交辞令だけで、外交や防衛の当局者たちがどのような対米戦略をつくりなおしているかは判然としない。日米安保条約の下、地位協定をふくめてゼロ回答のアメリカに屈従してきた日本政府が、今後ともアメリカの顔色をみながら隷属しつづけることは、もはや火を見るよりも明らかだ。

 

 2013年の海上自衛隊幹部学校のウェブサイトにある『オフショア・コントロールが答えである(Offshore Control is the Answer)』という論文の紹介を読むと、自衛隊が米軍とともに共同訓練してきた「ヤマザクラ作戦」の戦略的なアメリカの目的が理解できる。「中国のインフラを物理的に破壊するために中国領空に侵入するというよりは、経済的窒息をもたらし、遠方からの攻撃を可能とする軍事作戦行動である」(同論文)
 この戦略は、それまでアメリカ軍の対中国戦略であった『エアシー・バトル戦略』の否定である。エアシー・バトル戦略がアメリカ軍の空軍・海軍の軍事力で中国の戦略拠点とインフラをたたくという構想であったことにたいして、中国の領空を侵害しない、中国国内に直接的な損害をあたえずに紛争終結を容易にする、というのがオフショア・コントロール戦略だからである。
 中国に開戦させない戦略。中国を戦場にしない戦略。紛争の終結と同時に世界経済を回復させられる戦略。平時から中国にもわかりやすく透明性をもって準備し、また展開できる戦略。戦時にも遠距離から戦うことを中国に強制して地理的優位性を無効化する戦略。同盟国の負担と役割が大きな戦略。以上の特徴を明らかにしている。
 

 これはオバマ政権の軍縮政策や予算削減という8年前のアメリカ軍の事情にも規定された戦略である。その当時のアメリカ軍は、アジア太平洋地域での影響力とプレゼンスのコストを減少させ、リバランスをすすめなくてはならなかった。このアメリカの事情から、日本でも集団的自衛権を容認した戦争法(安保法制)が法的整合性や合意形成も度外視して強行されたのであり、沖縄の辺野古新基地建設や、高江ヘリパッド建設、先島諸島自衛隊施設とミサイルの配備なども、アメリカのオフショア・コントロール戦略に対応した近距離攻撃能力の再構築作業だった。

 

 オフショア・コントロール戦略では、中国が台湾を攻撃する際に、黄海から東シナ海を通過し、台湾の東海岸に回り込むことが前提となっていて、ここで航行する中国艦船を同盟国(日本のことだ!)の近距離攻撃能力で攻撃する。限定された区域での、限定的な紛争となる。その第1段階で『壊滅』地域となるのは沖縄と琉球弧の諸島である。第2段階ではアメリカ軍が中国に奪われた制空権と制海権を奪回し、第3段階において中国との『紛争』地域を日本列島全域に限定して戦うというシナリオだ。
 これならば新しい侵略兵器の開発や購入にコストをかけることもなく、アメリカにも中国にも実害はない。限定地域紛争の終結は、中国共産党指導部のメンツも守られて容易になり、世界経済への影響も最小化できる。中国の繁栄なしには世界経済もアメリカの繁栄もありえない。
 だが、このオフショア・コントロール戦略は、コストを気にしながら対中国の戦争をやるという実にけちくさい戦略である。トランプ政権による軍事力の復活と温存を経過した今のアメリカとバイデン新政権のもとで、この戦略も見直される可能性は高い。バイデン政権のイデオローグとして影響を持つことが予想されるネオコンの思想にもそぐわない内容の戦略であることは確かだからである。
 紛争当事国となることが予定されている日本のほうこそ問題だ。
 アメリカがこのオフショア・コントロール戦略を見直すことになったとしても、限定戦争という方向に大きな変更はないと予想できる。中国との全面的な核戦争を想定して戦略を作ることは、アメリカにとっても、ネオコンといえども、現実的にありえないからだ。考えてみれば、ネオコンイデオロギーに支配されていた80年代のアメリカにしても、レーガンタカ派的な言動と核軍拡にもかかわらず、ソ連と全面核戦争をやるという選択にはいたらなかった。第三世界の限定地域紛争だけだったのである。冷戦の時代をとおしてみても朝鮮戦争ベトナム戦争、すべて限定的な地域での戦争であり、それは共産主義の脅威に対抗するアメリカのプレゼンスを世界にしめそうとするものであった。しかし、直接には、現実的な原因がソ連や中国などの大国による「革命の輸出」や謀略によるものではなく、第三世界諸国の当事者たちによる命がけの抵抗と外国の支配からの自己解放いう人間の尊厳をかけた闘争が主要な動機であったことから、究極、アメリカの世界支配こそが原因だということになる以外ない戦争の本質があった。
 オフショア・コントロール戦略(あるいはバイデン政権のもとで作られるであろう未知の新戦略)は、日本が自発的な主体性をスポイルされた国家であることを地域的な与件としてはじめて成立する戦略にほかならない。それゆえ、逆に言うなら、このアメリカによる限定地域戦争戦略を止めることができるかどうかは、わが日本のあり方に規定されているともいえよう。わが日本のあり方はわれわれが決めていくということだ。アメリカの戦略と自分たちの生存権のどちらを価値とするのかが、ひとりひとりに問われている。われわれが自らの生存権を主張することは、外国の他者の生存権を守ることでなくてはならない。
 今、リアルが求められている。